Site icon 【公式】オーストラリア唯一の日本語専門バードウォッチングガイド 太田祐(AAK Nature Watch)

不適合者

 私が、そこそこの大学の経済学部を卒業して、生き馬の目を抜くような金融関係の会社勤めをしていた、というと今ケアンズの知人たちは笑って信じないが本当のことだ。
貧乏な家に育った私は、経済的に豊かになることだけを当時願っていた。


入った会社には、30秒の電話をかけるだけで数千万円の利益が出たり、ドラマにでも出てきそうな大変な成功者や、この世のものとは思えないような遊びの世界もあった。人付き合いが非常に苦手で、まして新入社員としての上下関係などは私にとって苦痛だったが、成績は良かった。
 会社の男たちは同性の私が惚れ惚れするほど、魅力的な人間が多かったが共通の世界を見つけ出すことは難しかった。私はギャンブルを全くしない。一滴も酒は飲まない。女遊びをしない。ゴルフもしない。ただアウトドアが好きな「無口でツマラナイ」若者だった。
 ある夜、それはそれは豪華なバーで宴席があった。私にとっては、入るだけで気を失うような苦手な空間だった。上司や先輩たちは常連らしく、美しい女性たちを空気のように無視し、あるときは映画のようにエスコートし、私にとって生き地獄のような時間が続いた。男たちは、私が持っていないものをすべて持っている成功者に見えた。
 ただ情けなく笑っているしかなかった。宴席は続いた。酒が進むにつれて、無口で下戸の私がいる世界と、上司たちのいる世界は遠すぎて見えないほど離れていった。その店の暖色系の照明と、女性たちの嬌声と。持つものと持たざるものと。どこにも私がいてよい場所などなかった。私がいる世界からは、上司たちのいる世界は遠すぎて見えないほど彼方にあった。
 日付が変わり、夜がさらに更けても終わらなかった。私は宴席を中座して逃げるようにトイレに入り、ドアを背にもたれかかり長い溜め息をついた。私は何をしているのだろう。なぜこんなところにいるのだろうか。
 私は大きな間違いを犯したかもしれない。貧乏な生活を憎むあまり、途方もなく場違いな世界を選んでしまったのだろうか。そう思った後、慌てて目を閉じその考えをどこかにしまい込んだ。
 ドアの外ではいつ果てるとも知れぬ宴席が続いている。
 急に体が無意識に動いた。
 渾身の力で殴りつけた壁には、大きな穴があき亀裂が走った。
 鏡の中には、無惨な不適合者が映し出されていた。

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