キャラバンを所有する少なからずのオージーはこの後家財道具を満載して南や内陸部へ向けてケアンズを続々脱出。史上最強のサイクロン接近の恐怖から無茶苦茶な追い越しが横行し、行政からもう遠方への避難は間に合わない事、落ち着く事の警告が出る。
さすが「住民の大半が日曜大工や自動車整備の達人」といわれるだけはある。
動物園では高価なコアラを最優先保護対象とし、強度の高い職員用トイレやロッカー内などへ移送。
ケアンズの2つの病院からは症状の重い患者合計300名近くがオーストラリア空軍機でブリスベンまで1700kmの医療史上最大の大規模輸送を開始。
民間航空会社はケアンズ発の各便を増便して空路による脱出組の需要にぎりぎりまで対応し、その後午前10時をもって空港閉鎖、撤収。
グリーン島やハミルトン島などは全島閉鎖&全員離島。
物流の寸断が予想され、日用品を満載したタンカーがケアンズとタウンズビルへ向けて早めにブリスベンを出発。水難救助チームなどは全国から集合。平均的な国のレスキュー隊なみの装備と人員を誇るオーストラリアの災害支援民間ボランティア組織「SES」も各地から集結。警察や消防よりも凄いとされるSESは謎が多い。
各地に設置された避難所にはどこからとも無く食事が配達される。
行政側は従来のテレビやラジオ、パトカーによる広報の他、家電話や携帯電話にも次々最新情報を勝手に送信(なんで番号とか知ってるんだ?)。それも英語だけではない。
更にツイッターやフェースブック、無線まであらゆる新旧技術を駆使して情報発信を続ける。日本ではそれらはテレビ局など民間が担当しているが、国家の権限やプレゼンスが非常に強いオーストラリアでは行政が行なっている。
こういった伝統の防災態勢のなか、深夜零時頃に人類史上最強のサイクロンの1つ、”ヤシ”が上陸した。経験豊富で屈強な人々と大自然との正面衝突である。
(後日追記:人類史上最強レベルの台風上陸による死者数=ゼロ 発電機を自宅で運用し一酸化炭素中毒で死亡した一人を除く)