Site icon 【公式】オーストラリア唯一の日本語専門バードウォッチングガイド 太田祐(AAK Nature Watch)

過去のリビングインケアンズ連載記事(簡略版) 5

昨年の大洪水の影響か今年は過ごし易いよ、最高気温だって50度を超えてないよ

 クィーンズランド州北西部、ノーザンテリトリー準州との州境近くの町ボウリア。セキセイインコが一時的に大発生していると聞きこの時期酷暑なのは覚悟の上でケアンズから1400キロを運転してやってきた。この辺りはオーストラリア公式の史上最高気温53度を記録した地域だが、公式記録は日光も熱風も地上からの反射熱も遮った環境で測定される。オーストラリア内陸部の恐ろしいのはまさのその日差しや反射熱であり、日なたの地表近くでは現実の温度はもっと高く、家庭用温度計では50度なんて真夏になれば良く超えて、70度になったこともあるようだ。(椎名誠が著書”熱風大陸”でレポートしている)この温度で野外運動をすると、ちょっと準備や判断を間違えると気持ちよく死ねるはずだ。


この地域にはムナジロセスジムシクイとカルカドンセスジムシクイという固有種がいて、やってきたバードウォッチャーは目を皿にして探す事になる。セスジムシクイの仲間は地味で小さくて地表の岩や薮の周りを跳び回り見つけにくい上、人間にとって過酷すぎる環境に分布している。気をつけないと一日で死ねる、という酷暑の中、セスジムシクイを探しての急斜面の岩山昇りだ。この温度で重い機材を背負って山登りなんて本当にするものではない。日本から20代前半の若者が同行したのだけど、「もう無理です」と連日脱落。岩の上にいると、(といってもほぼ一面の岩なのだが)日光が岩に反射し、遠赤外線で中までしっかり焼かれる生肉の気分だ。休憩で岩盤に腰を下ろすと、まるっきり石焼ステーキではないか。

 …セスジムシクイが鳴いている…ついに見つけたぞ、と進んで行くと声がフッと消えた。しばらくするとやや離れた所でまた鳴いている。そっちへ行ったか、と歩いて行くとまた声が消え、再び離れた所で鳴き声がする。追いかけて行く。声はまた消える…暑さによる幻聴だ!

と気がつくまで45分くらい岩場を彷徨った。水を飲んで正気に帰った時には奥地に誘い込まれ方向感覚を失っていた(山菜採りの人はこうして遭難するのだ)。GPSが無かったら戻れなくなったかもしれない所だった。なんとか目的のセスジムシクイ二種類目を撮影できたときは感無量で大声で一人叫んだ。こういう、瞬間の爆発的な喜びは日常生活をしていても、または少々の趣味では得られるものではない。私は釣りも好きだが、釣りにも同じような絶叫したい程の強い衝動の一瞬がある為だと思う。下山して、夕方の帰り際に温度計に目をやると42度になっていた。日中は、そして岩の上は実測値で一体何度あったのだろう。

何故こんな所に人が住んでいるのか、鳥が住んでいるのか。神はオーストラリア内陸部を創った際、よほど機嫌が悪かったのだ。この土地に結局一週間、野宿しながら滞在した事になるのだが、暑さ以外にもスピニフェクス(頑丈な針のような植物)や斜面を滑り落ちたりして手足に多くの傷が出来た。大げさかもしれないが、毎日「生きている事」を実感するフルライフで、毎朝、さぁやるぞ!と厳しい自然に向けて踏み出して行った。楽しかった。また行きたいね、と話している所だ。

そもそもの発端になったセキセイインコはその数およそ数千、という大群に二日目で無事会う事が出来た。ペットとして世界中でおなじみだが、厳しい自然で生きる、まごう事鳴きオーストラリア内陸部の野生動物である。セキセイインコの渦の中に入ったときのあの異常な感覚。空気が、躍動する無数の翼によって弾き飛ばされ複雑に踊る。

そこでは空間が歪み、大気が揺れていた。
そこに、一生で一番美しい目眩いを感じた。

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