Site icon 【公式】オーストラリア唯一の日本語専門バードウォッチングガイド 太田祐(AAK Nature Watch)

過去のリビングインケアンズ連載記事(簡略版)10

「大きくなったヒナがいよいよ巣立つ日がやってきた。素晴らしく長く、婉曲した自慢の美しい翼。大気を掴み、若鳥は勇躍天空へ躍り出た。なにも遮るもののない高空へ。彼女はそのまま、4年の歳月を、昼も夜も1度も空から降りることなく空中で過ごした。」
こんな話を信じられるだろうか。


回転していないブーメランのようなものがケアンズの空高くを目にも留まらぬ速度で飛んでいくのを見たことがないだろうか?ハリオアマツバメ。地球上で最も高速で移動する生命体の一つである。もっとも速い生き物というと一般的にはハヤブサが、物好きにはグンカンドリが知られているが、時速390kmとかいうスピードは上空から獲物めがけて急降下する際の瞬間的な速度であり、最近では「それは落下じゃないか、落下なら飛行機から飛び降りれば人間でもできる」ということでスピード争いに含めないことも多い。(実際には、質量と空気抵抗の関係で人間が落下してもそんな速度にはならないようだけど)自力で到達する速度としてはハリオアマツバメが記録した時速171kmが最速といわれる。ギネスにも認定されている公式記録だが、なにしろ20年前の研究であり「200kmを越えるのではないか」「250kmを計測した」という話もある。猫の最高速度は48kmくらいだという乱暴な研究を引用すると、その速度は凄みを持つ。こうとも言える。どんなプロ野球選手の投げるボールよりも速い。ハリオアマツバメの大きくカーブした独特の翼。大気を裂くような形状。彼らが近くを飛ぶとと、「シュオッ」という風切り音をたてているのもわかる。惚れ惚れする野生の造形美の一つの究極がそこにある。

ハリオアマツバメなどのアマツバメの仲間の特徴はスピードだけではない。羽を休めないのだ。寝るときも飛んだまま。食事も、交尾も、すべて空中で行い繁殖の時期以外は基本的に24時間空中にいるという強者である。若鳥のうちはもちろん繁殖には関与しないので、生まれて巣立ったアマツバメの子供は初めて繁殖活動に参加する何年か後まで、24時間365日ずっと飛んだまま、そのまま何年も飛んだまま、とも十分考えられるという。地球の重力を無視したような反重力生命体だ。マグロやイルカが寝ながら泳いでいるのは何となく我々にもできそうな気もするが、何年も空中を飛び続けたままというのはいったい何なのだろう。逆に彼らは鳥なのに枝に止まったり地面に降りることはなく、必要にかられたときは崖や木の幹、建物などに足の爪と針のような尾芯で張り付くようにして止まるようだ。世の中で流通しているハリオアマツバメの画像の殆どは飛翔している時の姿であり、撮り易いはずの止まっている姿の写真がほとんど無い所からも彼らが滅多な事では下りてきたりしないことが分かる。要は高度に飛翔に特化した生物であり、それゆえ逆に簡単な事が出来なくなっていたりするのが面白い。

本来は天空を飛ぶ生き物だが、天気や餌の具合で時に低い位置を旋回していることもある。回転していないブーメランのようなものが空を飛んでいないか、探してみよう。ちなみに速さ比べのライバルのハヤブサはケアンズ市内で、グンカンドリはミコマスケイでいずれも観察することができるので動物界のスピードスター達はケアンズでまとめてみられるのだ。

なお、時速170km以上という最高スピードを持ち、自由に高速ターンを決め、高度2000メートルまで上昇できるような卓越した運動性能を持つ彼らも、時にはチゴハヤブサなどに補食されていて無敵ではない。自然界というのはまったく油断も隙もない。つくづく人間に産まれて良かったわ。

オープンカフェでこれを書きながら。

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